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名古屋高等裁判所金沢支部 平成2年(ネ)215号 判決 1991年5月27日

控訴人

川崎米重

右訴訟代理人弁護士

今井覚

被控訴人

示野トメノ

示野克子

田中千鶴

右三名訴訟代理人弁護士

塩谷脩

被控訴人

小泉紀代美

主文

一  原判決を取り消す。

二  金沢地方裁判所七尾支部が昭和四八年(ヨ)第四一号不動産仮差押申請事件について昭和四八年一二月二七日にした仮差押決定(但し債権者示野義一の相続人中被控訴人らに関する部分)を取り消す。

三  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人ら(被控訴人小泉を除く)

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  控訴人の主張

亡示野義一は、昭和四九年二月二八日、勝訴の本案判決を得、右判決は同年三月一六日確定した。したがって、義一は、右時点以後、右債務名義に基づきいつでも本執行できる要件を備えたことになるから、保全の必要性は消滅したというべきである。よって、本件仮差押決定は、事情変更により、取り消されるべきであるから、債権者示野義一の相続人の一員である被控訴人らに対し、同決定のうち被控訴人らに関する部分の取消を求める。

2  被控訴人らの主張(被控訴人小泉を除く)

控訴人の右主張は争う。

理由

一当裁判所も、控訴人の本件申立は適法であるが、本件被保全権利が時効により消滅したとの主張は理由がないと判断するところ、その理由は、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

二控訴人は、保全の必要性が消滅したことを原因として、本件仮差押命令の取消を求める(当審における新主張)ので、以下判断する。

1  亡示野義一は、金沢地方裁判所七尾支部に対し、控訴人を債務者として、原判決添付物件目録記載の不動産につき、一〇〇万円の約束手形債権を被保全債権として仮差押を申請し、昭和四八年一二月二七日、本件仮差押決定を受け、同月二八日付で仮差押登記がなされたこと、その後亡示野義一は、同裁判所に控訴人を被告として右被保全債権を訴訟物とする本案訴訟を提起し、昭和四九年二月二八日、勝訴判決を得、右判決は同年三月一六日確定したこと、亡示野義一は、債務名義を取得した後も本執行の手続をすることなく昭和五九年八月二九日死亡し、被控訴人らと湯澤賢一の五名が相続によりその地位を承継したこと、被控訴人らも現在まで本執行の手続を開始していないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2 ところで、私法上の権利は、民事訴訟手続を経て、判決等の債務名義を得、必要な場合はこれに基づき強制執行を行うことによって実現されるものであり、それまでに債務者が強制執行を免れる行為に出ることを防止するための措置が保全処分である。そして、保全処分は、被保全権利と保全の必要性が存在することを要件とし発令され、この二要件のいずれかが欠けるに至ったときは、債務者は、事情の変更があったものとしてその取消を求めることができることとされている(民事保全法附則四条、平成元年法律第九一号による改正前の民事訴訟法七四七条)。したがって、仮差押決定を受けた後、本案訴訟で勝訴し、これが確定し、債務名義を取得したときは、執行停止決定等の執行障害がある特段の場合を除いて、債務名義の送達、執行文付与の申立及び送達等の執行開始の要件を備えれば、速やかに強制執行に着手できることになるから、原則として保全の必要性はなくなったというべきである。

3 被控訴人らは、債務名義を取得しながら本執行に着手しないことについて、特にその理由を主張しておらず、本執行に着手できない特段の事情があることも窺えない。もっとも証拠<書証番号略>によれば、本件不動産の一部について仮差押をしていた親和商事株式会社が本案判決を得て(昭和四九年一二月六日確定)、本執行を申し立て、昭和五〇年一月三一日強制競売開始決定がなされたが、同年七月九日、無剰余により右競売手続が取り消されたこと、当時存在した先順位抵当権はその後も変化がないことが認められる。このような経過からみると、被控訴人らは、控訴人が先順位の抵当権者に弁済したり、不動産価格が上昇して、配当可能となる時期を待っているとも考えられるが、仮差押の状態を継続することにより、時効の中断状態を維持しながら、債務者の資力の回復を待つような措置は、本来保全処分の目的外のことであり、強制的な権利実現手続は、それが可能なときは、速やかに実施することが債務者にとっても利益であって、配当金の増加を企図して待つといった不確定な事情は、本執行を妨げる理由とは到底言い難い。しかも、親和商事の申し立てた強制競売は、それが取り消されてからでも既に一六年近くが経過しており、被控訴人らが強制競売の手続を取った場合、親和商事と同様の結果になるとも限らないだけでなく、このような長期間、不確定な状態を続けることは法の趣旨にも反するものというべきである。

4  そうすると、本件仮差押決定は、保全の必要性がなくなったと認めるのが相当であるから、前記改正前の民事訴訟法七四七条によりその取消を求める控訴人の請求は理由がある。

三よって、原判決を取り消し、本件仮差押決定を取り消すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官田中敦)

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